僕と、旅立ちと、プレスラボと。
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僕と、旅立ちと、プレスラボと。

あけましておめでとうございます。編集プロダクション「プレスラボ」の南野義哉(@yossy04071)です。弊社では毎年年賀状の代わりに、お題を決めた年賀コラムをメンバーの一人ひとりがUPしています。2021年はnoteで「旅立ち」をテーマにお届けします。

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2010年8月1日に僕は上京した。

「ただ漠然と東京へ行きたい」
「東京で生活する理由がほしい」

2009年3月に大学を卒業してから、こんなことを考えながら、音楽(リハーサル)スタジオに入り、仲間と音を出し、少ないアルバイト代から大好きなアーティストとか友達のバンドのライブを観るという生活を送っていた。

新卒で就職するという選択肢は「あえて」選ばなかった。
大学3年生になると就職活動を始めるのはなんとなく知っていたけど、就活はしなかった。

音楽で、バンドで、プロで成功すると思っていた。

将来のイメージやビジョンもきちんと描けておらず、大学を卒業して一人暮らしをして、生活するためにアルバイトをして、友達と夜な夜な飲む日々。卒業はしていたものの、モラトリアムの続きをずっと楽しんでいた。

当時、大阪のターミナル、梅田駅まで4駅という高立地な場所に住んでいた。

一人暮らしも慣れて1年くらい経った頃、頭の中にぼんやりとあった「東京に住みたい」「東京で音楽活動したい」気持ちの輪郭が明確になった。

そんなとき、東京で活躍する、大学の同級生だったバンドメンバーに「ベース弾かない?」と言われ、二つ返事でOKし、僕は上京した。住み慣れた大阪に別れを告げ、僕は旅立った。生活の軸を「バンド」に置き、2016年11月まで活動した。ただし、音楽でご飯を食べることはできなかった。

大好きなお笑い芸人の言葉がある。

「夢中で取り組んで、結果出なくてやめたなら自信を持って人に伝えられる。だって真剣に夢に向かって頑張った自分がいるのだから」

幾度となく僕を支えてくれた言葉である。

2017年4月に僕の次のキャリアとして広告代理店の営業職(雇用形態:派遣社員)として会社員生活が始まった。これが2回目の「旅立ち」だ。

ほぼ初めての「社会人」としての生活。着任日初日から海外のゲームメーカーのプレゼンに参加するなど、約3年間クライアントのために奔走した。ゲームアプリやTV番組の視聴率に詳しくなった。日常生活ではなかなか会えない人たちにも会えた。そして体重は30kg近く増えた(絶賛ダイエット中)。

3年間の契約期間を終え、次のキャリアを模索した。
非常に悩んでいた。

引き続き広告代理店の営業職として次のステップも選択肢としてある中、
「何か新しいことを始めたい」という思いもあった。


とはいえ、34歳になろうとしている僕に、選択肢はそう多くはなかった。
企業のエントリーシートの通過も厳しかった。面接でも思うように自分をPRできない。そもそも面接自体が初めてだった。

ご縁があり最終面接まで進んだ企業もあったが、「内定通知」はもらえない。そんな日々が続いた。派遣の任期が終了する3月末まであと少し。

2020年1月。

僕はまだ就職先が決まっていなかった。


そんななか、ひとつのツイートが目に留まった。


SNSなのに、テキストなのに、感情が伝わってきた。
「編集」やってみたい。未経験でも募集がある。

プレスラボを志望した理由は「下北沢に会社がある。シモキタで働きたい。制作しているコンテンツがおもしろい(おもろい)。リモートOK」だから。

僕は期待に胸を膨らませて、プレスラボのオフィスの門を叩き、ありったけの想いを代表の池田に伝えた。

結果は採用だった。
わらにもすがる思いで臨んだ面接は大成功だった。

晴れて2020年4月から僕は下北沢にある編集プロダクション「プレスラボ」の編集者としてジョイン。3回目の旅立ちで僕はスーツを脱ぎ、好きな服を着て、毎朝バターコーヒーを飲みながら仕事をしている。

2021年、新しい1年を迎えるにあたり、自分のターニングポイントである2010年8月から振り返ってみた。2020年ほど「年末感のない年末」はこの先訪れない気もする。新しいスタンダードが確立された1年だったけれど、この時期に振り返れてよかった。

僕には大きな旅立ちが3回あった。次の旅立ちも全力で楽しむつもりだ。

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