私にオムレツを作ってくれたあの人は、旅立ってしまった
あけましておめでとうございます。編集プロダクション「プレスラボ」の鈴木一禾(@ichikasuzuki)です。弊社では毎年年賀状の代わりに、お題を決めた年賀コラムをメンバーの一人ひとりがUPしています。2021年はnoteで「旅立ち」をテーマにお届けします。
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昨年は「忙しそうですね」とよく周囲から声をかけられたような気がする。「寝てますか?」「いつ休んでいるんですか?」と言われることも多かったように思う。
考えてみれば、平日も休日も関係なく一日中仕事ばかりしていて、確かにあまり休んでいないのだけれど、もしかしたら、架空の旅行をして気分転換していたのかもしれない。
昨年は、覚えているだけでも、ハワイとワルシャワ、伊勢を訪れている。ハワイ旅行は正月の恒例行事だし、ワルシャワは大好きなペンデレツキを聴くたびに行っているから、ほぼ毎週末に(昨年は追悼をかねて訪問の機会が多かった)。伊勢は、本棚を整理していて見つけた、しりあがり寿さんの『真夜中の弥次さん喜多さん』を読みふけったときに、にわか作りの支度で出かけた、即日旅だ。
旅に出かけたら必ず帰ってこなくてはならないけれど、妄想旅行なら、帰途につく必要がない。それが、どうやら私の性に合っているらしい。
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私には「旅立ち」という言葉にちょっとした思い入れがある。というのも、17歳のとき、友人が「僕は旅立ちます」と手紙を書き残し、忽然と姿を消したことがあったからだ。
彼は、私の大親友だった。
登校途中、コンビニでチューブ型の氷菓をひとつ買ってふたりで分け合ったのがいい思い出だ。物理が苦手な彼に代わって私が彼の宿題を担当して、地理が苦手な私の宿題を彼が引き受けたこともあった。
スカートを穿いてみたいという彼のために、私のギャザースカートに長めのゴムを入れ替えて、着せ替えごっこみたいなことをしたり。
当時、バスケ部と硬式テニス部とギター同行会をかけもちしていたけれど(頼まれたら断れない性格はいまも変わらない)、どの部活をしているときよりも、彼と一緒にいるときのほうが楽しかった。
彼が私の家に遊びにくると、卵が好物だという私のために、バターをたっぷり使った創作オムレツをこしらえ、夕食前のオヤツに食べさせてくれもした。
そんな彼がある日突然、「旅立ちます」とだけ残して、私の前からいなくなった。
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「家出します」とか「実家に帰らせていただきます」とかいう書き置きなら、よくある話。どちらもただごとではないけれど、どこか一過性の含みがあるように思う。だけど私の友達は、旅立ってしまった。
勉強は手につかないし、涙も出た。学校では、「友達に捨てられたかわいそうなヤツ」と同情されたこともあった。
姿を消す直前に「テレビを観て、料理人になろうと思った!」とうれしそうに話していた。彼がいなくなった理由を懸命に考えたけれど、思い当たるのはそのくらいだった。
しばらくして、彼がいないことを誰も口にしなくなった頃、「旅立ち、旅立ち…」と頭の中で繰り返し何度も唱えるうち、言葉がもつ悲しい響きのなかに、ほのかな生気というか、煌めきのようなものを感じるようになった。
彼はとにかく、ここから去りたかったのだろう。難しい家庭環境や、深い悩みがあったことも知っている。そんな彼が、私に向けて「旅立ち」という言葉で希望を残してくれたことに、深く感謝できるようになったのだ。
それから30年近く。あのとき旅立った彼が、いまどこでなにをしてるか見当もつかない。けれど、「いいの思いついた!」と言って今日にも不意にあらわれ、夕食前においしいオムレツを食べさせてくれるような気がしている。
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高校を卒業する日、「教師というのは因果な仕事だよ。毎年みんながこうして旅立っていくのを見送らないといけないのだから」という担任の言葉に、その場にいた誰もが、いなくなった彼のことを思い出したはずだ。
確かに、「旅立ち」という言葉は、見送る側からすればあまりにも悲しく、心細い情調を誘う。
熱心に向き合ってきた教え子が旅立つ。愛情を注いで大切に育てた子どもが旅立つ。溺愛していた猫が突然に行方をくらます。かけがえのない人が他界する…。
残されたほうの身にもなってみろ、と思う。
でも、旅立った人の“いま”をあれやこれやと想像して楽しむのも、案外に悪くないかもしれない。旅立った人と残された人、どちらも幸せなら、それでいいわけだから。
昨年は、確かに忙しい一年だった。とはいえ、持ち前の妄想力に磨きがかかり、ふと旅立った人に思いを馳せたり、一緒に旅していたらどうだったろう?と想像したりして、疲れた頭を整理する術を身につけもしたようだ。
今年も仕事に精を出すぞ。そして、おおいに妄想してすごそうと思う。1月は、モロッコに行く予定だ。
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