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「下北沢はママの全てだよ」 しがみついていた下北沢から旅立った話

あけましておめでとうございます。編集プロダクション「プレスラボ」の山本莉会(@yamamoto_rie)です。弊社では毎年年賀状の代わりに、お題を決めた年賀コラムをメンバーの一人ひとりがUPしています。2021年はnoteで「旅立ち」をテーマにお届けします。

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10年前、私はプレスラボに入社するために上京した。

前職は大阪で広告代理店の営業をしていた。プレスラボへの転職が決まったとき、「ライターになるために下北沢へ上京するんです」と言うと、東京を知る人たちは「何その設定、泣けるんだけど」と笑いながら言った。下北沢がどんな街なのか、どんな意味を持っているかを知らなかった私は、よく分からず曖昧に笑っていた。

今なら分かる。その設定は確かに泣けるし、笑える。

入社した2011年。そのころはまだ会社の黎明期と言えたかもしれない。下北沢のど真ん中にあったプレスラボは、大阪でスタンダードでお利口さんな暮らしをしてきた私にとって、かなり刺激が強かった。

ベースを抱えて出社する先輩や大正の文士のような先輩、いつまで経ってもやってこない社長。この会社にいると、自分のスタンダードを疑ってばかりだった。それは、スーツを着ている人が逆に目立つ下北沢とどこか似ていた。

家も下北沢に借りたので、私の暮らしは下北沢だけで完結していた。下北沢で暮らし、下北沢で働いた。「下北沢経済新聞」の記者をやっていたから、どこのお店に入っても「記者の山本さん」として気さくに声をかけてもらえた。若輩者の私に、街のみんなが優しかった。どんな路地にどんな店があるか、どこを曲がればどこに繋がるか、何もかも知った気でいた。

仕事が終わったら、会社のみんなで焼肉やもんじゃを食べ、夜中や朝方に家に帰った。毎日が夢の中のようにふわふわしていた。でも、ふわふわしていたのは私だけだったみたいで、一緒に遊ぶように働いていた先輩たちや、その後に入社したみんなも、いつしか次のステージへ旅立っていた。

みんなの旅立ちは華々しくて、書籍や小説を出したり、フリーのライターや編集者になったりしてバリバリやってる人ばかりだ。「みんなすごいな」「頑張ってるな」--そんな風にしてみんなを見ていた。それでも私は、自分だけが変わっていかないことに焦ることもなく、毎日を生きていた。ずっとこのまま、下北沢で暮らしていくのだと思っていた。学生時代のように、今日が永遠に続くような気でいた。

転機になったのは、結婚だった。下北沢には手ごろな二人暮らしの住居がほとんどなかった。仕方なくエリアを広げ、笹塚の方に引っ越した。「下北沢にギリギリ徒歩でいける」、それが決め手だった。

子どもができ、育休から復帰したときには、線路がなくなっていた。そこから二人目を妊娠し、コロナの流行もあったりして想像より随分長く育休を取ることになった。その間にいろんなことが変わった。二人目を育てる上で家が手狭になり、下北沢からさらに離れた場所に家を借りた。そして下北沢へ足は遠のき、気がついたときには、下北沢はもう私の知っている街ではなくなっていた。

「経済新聞」も譲渡していたので、下北沢と私をつなぎ止めるのは「オフィスがある」ということだけだった。完全リモートワークになったので、下北沢へ行くのは月2回の社内会議だけ。それも、年末にオフィスを引き払ったことで、もうなくなった。

会社の退去はフルリモートになっている現状もあり、満場一致で決まった。先日、オフィス退去前に会社に立ち寄った。育休明けだから、10年いたはずの私の荷物は何もなかった。帰り道、下北沢から自転車を漕いでいると、無性に寂しくなった。

家に帰ってから夕食の準備をしていても、どこか重い気持ちだった。夫が帰ってきてから、オフィスに行くのが最後だったという話をした。「あんなにずっといた下北沢なのに」と話していると、子どもに「下北沢って何?」と聞かれた。夫は茶化して「ママの全てだよ」と言った。そして初めて、私は下北沢に固執していた自分に気づいた。

10年近く、下北沢へしがみつくようにして暮らしてきた。そしてその10年は、私の人生を劇的に変えた10年だった。だからこそ、下北沢から離れることが怖かった。

今日を境に旅立つような華々しさはない。ぶっちゃけ、オフィスの退去日がいつだったのかもよく分かっていない。ズルズルと付き合ってきた彼氏と別れる時のようなフェードアウト感で、私は下北沢から旅立った。下北沢を思い出すとき、私は懐かしさと共に胸の痛みを感じるんだと思う。離れたくなかった私と、そうさせてくれなかった下北沢。ここから旅立つことで、私はようやく大人になれるのかもしれない。 

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